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本掲示板の終了に向けて

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2016年 2月 9日(火)17時00分51秒
  諸般の事情に鑑み、本掲示板は「閉鎖・終了」の方向で
考えています。
ただ、レオさんとのお約束が果たせていませんので、
いつか、そちらを投稿するために、当面は休止状態で
残しておきますが、「浮舟さんとの対話」に関する記事
以外は、全ての書き込みを「非表示」とさせて頂きました。

偏に、掲示板管理人である福島の壮年のわがままでは
ありますが、何卒ご了解して頂けます様、お願い致します。

これまでにコメントを頂いた全ての方に心より感謝
申し上げます。
 
 

『浮舟さんとの対話』スレッドのお知らせ

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年12月 6日(土)15時45分28秒
  浮舟さん、厳しい寒さがやって参りました。
お体のお加減はいかがでしょうか?
浮舟さんとのこれまでのやり取りを、別スレッドとして
独立させ、纏めさせていただきました。

http://9314.teacup.com/fukushima/bbs/t2/l50?
『浮舟さんとの対話』

若干の編集を加えてはおりますが、時系列に、ほぼ同じ内容で
転載してあります。
誤字脱字や言い回しの不適切なところがあるかと存じますが、
少しでも早く転載することを優先いたしましたので、適宜、訂正を
加えていきたいと考えています。
また、転載が終了いたしましたので、本掲示板本体上の当該記事は
非表示とさせて頂きました。

どうぞ、ご確認頂き度く、宜しくお願い致します。
 

浮舟さんへ(8)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月29日(水)15時55分42秒
編集済
  昨28日付・聖教に、先生の随筆が掲載されました。
これまでの私の論述で『創価学会の組織では、「地区」こそ
が、まさに全ての活動の「基」になります』という主張を追認
して頂く様なご指導でしたので、一部を抜粋して引用させて
頂きます。

------------------------------------------
『民衆凱歌の大行進/地域広布の英雄』


この青年は、信心の正しさを知り、求道の心に燃えて
入会できたのは、地区の皆さんが共に勤行・唱題し、
温かく面倒を見てくれたお陰ですと、笑顔で語っている
という。

※「この青年」とは、前述されている『本陣・新宿で入会
 したタイの青年』ですね。

私は、広宣流布の一切の起点たる「地区」を担い支えて
くださる、偉大なリーダーの方々を思い起こさずにはいら
れない。
地区部長・地区婦人部長を中心に、異体同心で前進する
姿こそ、広布の組織の理想である。
現在の「地区制」が発足したのは、30年前の昭和59年
(1984年)1月のことであった。
壮年部の地区部長、婦人部の地区担当員(現・地区婦人
部長)、そして男女青年部に新進気鋭の「地区リーダー」
が、各地に誕生したのである。
わが創価の地区が盤石ならば地域も栄え、未来も輝く。
その勢いは必ず一閻浮提へ波動する。
ここに日本の広宣流布の大発展の軌道が敷かれたと
確信した私は、翌月から、18年ぶりのブラジル訪問を
はじめ北南米へ1カ月を超える広布旅に飛び出したので
ある。

「地区広布」即「世界広布」──身近な人と人との絆、
自分の住む近隣地域を大切にする行動を広げることが、
必ず世界をも変える。創価の師弟は、常にこの心意気で
前進してきた。
さらに地区を励まし支える「支部」のリーダーの方々も、
そして最前線の「ブロック」の皆様方も、「わが地域の幸福
と安穏は我らの手で!」と、誇りも高く立ち上がってくれて
いる。
---------(引用、ここまで)------------------

地区部長、地区婦人部長の使命の大きさを分かり易く
簡潔に仰られています。

誰も「暇だから」とか「能力があるから」とかで地区部長を
務めているわけではありません。
先生から託された地区を護り抜く使命感と、「何があっても
『地区組織のため』『地区同志のため』にやりぬく気概。
それによって『広宣流布』は確実に進展し、そのことで
自身の境涯もまた大きく開かれ、人間革命が実現できると
いう、確信」があればこそです。

過酷な状況の中で、必死に自身の宿業と戦いながら、
地区部長の職を全うしている(こられた)方も多く存じて
います。

私が神奈川にいた当時、同じ本部内に、「素晴らしい」と
尊敬と感嘆の念を抱かずにはいられないお二人の壮年が
おられました。
とても、詳細は書き切れませんが、簡単にご紹介させて
頂きます。

お一人は、私と同時期に壮年部に移行された方。
B長として活動に励んでおられた時に、白ゆり長をされて
いた奥様が亡くなられました。
深刻な病気ではないのに、担当医の薬の処方ミスでした。
小学校に上がったばかりの長女を始め、お母さんが恋しい
年頃の3人のお子さんが残されました。
そこからが、その壮年の方の必死の戦いが始まります。
お子さんたちのために、弱音を吐いてはいられない。
どんな事情であっても、仕事を疎かにするわけにもいかず。
娘さんは、家庭を守るにはまだ幼すぎて・・・。
毎日の遅くの帰宅に、娘さんとぶつかることもしばしば。
そういう中で、彼は、地区部長を務めることになります。
それこそ、家庭(子供さんたちの学校行事も含まれます)、
仕事、学会活動にと全てをやりきるために、何年もの格闘
が続きます。
やがて、お子さんたちも成長し、自分たちのことは自分で
できるようになり、素直にお父さんに感謝し、尊敬できる
ようになり、お父さんである地区部長さんと共にお母さんに
追善のお題目を送り、和楽の家庭を築き上げました。

前々回の記述で、私の義妹の体験を通して、
『義妹には、「何としても長男を育て切る」という使命が
あり・・・そこで使命を放棄して死ぬわけにはいかない』
とうことを書きましたが、幼いわが子のことを案じながら、
亡くなっていかれる方も勿論、おられます。
信心はしていませんが、当時の私の職場にも、まだ小さい
子たちを残して、奥様を乳癌で亡くした同僚が二人います。

無念の思いを抱きながら死を迎える、お母さんの過酷な
宿命という側面は当然にありますが、「遺された家族」という
観点で考えるならば、それは、その子達が、最も傍にいて
欲しい時期にお母さんを亡くし、その悲しみに耐えながら、
強く生きていかなければいけないという宿命を背負っている
ということ。また、奥様を亡くした悲しみを癒す間もなく、
その代わりも務めながら、何者にも替え難い我が子たちを
育てていく宿業を背負った父であるという側面もあります。
それを乗り越えて、全ての苦労を撥ね退けながら、和楽の
家庭を築き上げることが出来た時、父と子は、その宿業を
使命へと変え、お母さんの宿業までも使命へと昇華した
ことになっていきます。
遺された者たちは、歯を食いしばって、自分たちが幸せな
家庭を築くことこそが、奥さんへ、お母さんへの最大の
追善供養にもなっていくのですね。

もう一人。
この方は、シナノ企画で制作された、ノンフィクション体験
ドラマの主人公のモデルにもなっています。
小児麻痺で生まれ、車椅子などが必要な状態ではない
ものの、四肢に麻痺があり、運動機能障害を抱えて成長
していきますが、多感な時期に、周囲からは奇異の眼で
見られ、高校在学時には引き篭もり状態に。

それを心配した地元の男子部が足繁く彼のところに通い、
元気付けようとしますが、彼は、自分の現状と将来に悲観
し、聞く耳を持ちません。
お母さんとの葛藤もあり、なかなか心を開こうとしない彼。
諦めることなく、時には厳しく激しく彼を叱咤し、時には
優しく包み込むようにしながら信心の話をし続ける同志。
やがて彼は、その男子部の思いに応えようと立ち上がり
ます。
猛勉強をして進学し、コンピュータ事業で一時代を築いた
某大企業に就職。
能力を発揮した彼は、SE(システム エンジニア:
コンピュータシステムの設計をする専門職。通常は、複数の
プログラマの指揮をする)として活躍します。

やがて、ハンデをものともせずに、職場で学会活動で活躍
する彼に好意を持つ女子部が現れます。
彼は「本当に彼女を幸せにできる資格が自分にあるのか」
と、激しく葛藤し、「結婚」を言い出せません。

その頃、市が主催するマラソン大会が開催されることを
知った彼は、その大会の10kmの部(だったと思いますが、
記憶が定かではありません)で、走りきることができたら、
「プロポーズをしよう」と心に誓います。
彼の身体能力を考えれば、かなり無謀な賭けですね。

そして、大会当日。
他の参加者からはだいぶ遅れ、通常ならば大会が打ち
切られても仕方がない時間を費やして、沿道に集まった
人たちからの大声援を受けながら、遂に、奇跡のゴールを
果たします。

後日、そのことを知った、勤務先の会社の社長室に呼び
出された彼は、社長直々に表彰を受け、「君がわが社に
いてくれることを誇りに思う」と感謝されます。

勿論、その時の女子部・今の奥様には、みごとに思いを
伝え、結婚をし、壮年部に移ってから地区部長として活躍
をされています。

故郷の郡山に私たちが戻ってからのこと。
男子部の時に1年に満たない短い期間だけ同じ部で
戦った壮年部の方と、20年ぶりでお会いしました。
彼は、地区部長という立場が大好きで、上の役職に就いて
後も、組織の事情で地区部長が不在の地域があれば、
頼んででも地区部長の任命を受けていました。
当時、副役職専任だった私に、
「(福島の壮年)さん、地区部長やりましょうよ。
上に上がっても、地区部長を兼任しなきゃダメですよ!」
と、訴えかけていました。
最前線で、地域広布のために走り回るのが大好きだった
のですね。
「だった」というのは、残念ながら若くして他界されました。
病院の事務長として、仕事にも精一杯頑張っていた中での
急逝でしたが、霊鷲山に行き、大聖人や戸田先生に
お会いして、最大に称えられていることでしょう。

先生の指導に戻ります。

------------------------------------------
中でも、「白ゆり長」「副白ゆり長」の誕生から10周年の
今年、あらためて尊きブロックの婦人部リーダーの皆様
方の日々のご苦労を心から労(ねぎら)い、讃嘆したい。
また、広宣流布の最前線に立つ “黄金柱” として、
堂々と、満々たる闘魂で戦っておられる壮年ブロック長
たちの雄姿が、いつも私の目に浮かんでくる。

五濁悪世(ごじょくあくせ)の末法にあって、民衆の救済を
誓願し、慈折(じしゃく)広布に邁進(まいしん)されゆく尊貴
な民衆指導者の皆様方! いつも、いつも、本当に、
ありがとう!
---------(引用、ここまで)------------------

私が一時期担当し、そのまま派遣で黄金長(B長)をお引き
受けした地区がありました。
私の前任の黄金長さんは、自ら役職を辞退されました。
活動家として、座談会や御書学や本幹同中などには
欠かさずに参加されていたので、推薦を受けて黄金長の
任を受けましたが、その方は、教学や体験や先生の指導
など信心の話を「聞く」ことは好きだったのですが、人前で
お話しを「する」ことは苦手だったのですね。
黄金長になるやいなや、やれ会合では皆さんに「お話を」
と促され、新聞啓蒙やら折伏やら・・・怒涛のように責めら
れて・・・勿論、地区の方たちは、責めているつもりなど
毛頭ありません。黄金長としてすべきことを「当たり前に」
求めているだけです。
仕事でも、その方は、真面目にこつこつと同じ会社で
定年退職されるまで勤め上げておられますが、仕事
以外のことを話せる友人も持たずにきたのです。
結局、「話せ」と急き立てられることが負担になり、
一切の会合に出て来れなくなってしまいました。

私が、そのブロックをお引き受けしてから、何度もお宅に
お邪魔し、個人的にはいろいろとお話もお聞きしましたが、
数年後に亡くなりました。
その方の告別式の日。
私は、開始時間を間違えて1時間早く式場に着いて
しまい、式場の担当者のご配慮で中に入れて頂き、
その方の眠るお顔を拝見しながら、
「○○さん、随分と小さくなっちゃいましたね。
 でも、おきれいな顔で成仏できましたね。
 良かったですね」
と、話しかけていると、娘さん(地区リ)が気付いて近寄って
きて一言、こう言われました。
「お父さん、また(来世には)学会員として
生まれて来れますよね?」と。

「○○さん、あなたの信心は、誰がどう言おうと、
娘さんにしっかりと受け継がれていますよ。
娘さんを後継者として育てのは、間違いなくあなたですよ」

私は、そう思いました。
ご友人の少ない方でしたから、参列者も少なく、ひっそりと
した葬儀ではありましたが、友人葬として、同志が一糸乱れ
ずに、真心の唱題を朗々とあげてお送りする、清清しくも
荘厳な、故人の来世への追善の式典でした。

任命された役職を辞するというのは、様々な事情から
仕方のない場合は、確かにあります。
せっかく境涯を高め、成長し、人間革命の因を創れる
絶好の機会ではありますが、どうしても、事情やその方の
特質が向いていないのであれば、地元の幹部の指導を
受け切り、後任に道を譲ることもあるでしょう。
そして、役職を持つ人の大変さを身をもって味わったの
ですから、地域において、自身の力の及ぶ範囲で構わない
から、そういう人たちを陰になって助けてあげればいい。
「陰徳あれば必ず陽報あり」です。
必ず、自身の福徳として眼に見えて輝きわたるときが来る
筈です。
しかし、そういう自身の境涯が引き起こすストレスから逃れ、
それを正当化するように、学会に弓を引くような行為は、
明確に同志への裏切り行為です。

彼の醜悪なブログに対して、私は確かに、
「さっさと退会された方が、組織としてはすっきりします」
という言葉を投げつけました。
それが良くない。魔の所作だと騒いでいる人たちが
未だにいますが、私は、前提条件として次の様に
申し上げています。
「組織に害を成すくらいなら」と。

私がこれまで、この創価カテニ入って以来、一貫して
主張しているのは、「己義や邪義を振りかざして、純真な
学会員を誑かすな!」ということです。
そして、私が糾弾すべき基準に合致し、いやそれ以上に
醜悪な主張を展開したのが、まさにあのブログです。
「なあなあ」で済ますわけにはいきません。

さて、これで一先ずは、浮舟さんに宛てた私の論述を
終了させて頂きます。
http://blog.livedoor.jp/ukifune1966/archives/41567198.html
こちら、拝見しました。
私が思っていた以上に、お辛い状況のご様子に、
少しずつでもご回復をと祈らずにはいられませんでした。

こちらは、紅葉も今が盛りです。
先の日曜日には、家内が両家の母を車に乗せて、
磐梯山の周辺にドライブをしてきてくれました。
「命の洗濯になった」と、大変に喜んでいたそうです。

なかなか、外出されるのも億劫なところもおありでしょう
けれど、ご主人や娘さんとご一緒に、紅葉などを観に
行かれれば、心も晴れるかなと、勝手に思っていたり
します。
どうか、くれぐれも、ご自身の大事なお体をお労り下さい。

時間を見つけて、この浮舟さんとの対話を再編集し、
別掲示板として独立させようかと考えています。

長々と引っ張ってしまいました。
お付き合いいただきまして恐縮に存じます。
 

浮舟さんへ(7)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月27日(月)13時13分36秒
  すみません、本稿を以って一応の終結とする予定で
おりましたが、昨日の聖教新聞の感動を間に挟ませて
頂きます。

聖教・本27日付『今週のことば』は、次の通りでした。
--------------------------------
 難を乗り越える信心だ。
 妙法は絶対なりとの 大確信で祈り切れ!
 今の労苦が必ずや 生命の財宝となる。
--------------------------------

昨26日付・聖教5面には、この大確信を自らの89年の
人生で体現された方の体験が、掲載されていました。
大感動の体験談でした。
浮舟さんも、そして、他の皆さんも勿論、感動しながら
読まれたことと存じますが、一部抜粋して引用致します。

--------------------------------
信仰体験
『後藤のおばあちゃん 入会50年の貫禄を語る』より。
※89歳にして、岩手県久慈市の支部副婦人部長が
  語っておられます※

「年を踏まねば分がんねえべなす」。
80歳を過ぎてようやく手にした確信。
※人生の宿業を「障害物競走」だと仰っていますね※

信心したから嫌なごどがなぐなるわげはねえ。
信心すれば宿命を受げ入れる力がつくこってす。
※人生の荒波を越えて来られた方の至言ですね※

祈るだげではだめだ。
御本尊様のお使いせねば。
折伏とか、聖教新聞の拡大とか。

両肩から同生天・同名天が暇(いとま)なく報告すんだ
もの。
だがら、いざって時は御本尊様がちゃんと守ってくれ
るんでねすが。
--------------------------------

この方は、4年がかりでといいますから、85歳の頃から
御書の全編読破に挑戦され始め、間もなく完結するとも
仰られていますが、御書を頭で理解し、それを実践する
ことの難しさは、皆さん、よくご存知の通りです。
この広布の大先輩であるおばあちゃんは、まさに大聖人
が魂魄を留められた御書の文々句々を証明する人生
そのものであったのだなと、感じずにはいられません。

ご長寿で在られる方は、ましてや信心をされている方は、
それだけ罪障を消滅できる機会、福徳を積める機会を
多く持てるわけですから、それだけでも素晴らしいことです。
しかし、ある意味では、長生きをするということは、お身内、
ご友人に先立たれる悲しみもまた多く経験されることでも
ありますね。他、苦悩を多く経験する機会も多いということ
にもなります。
この方も、ご長男に先立たれた時の悲しみと、それを
信心でどう捉えてこられたかにも言及されています。

体験を通して仏法の極意を学び、御書の世界そのままを
生きてこられた。
何と貴く、何と深い人生を歩んでこられたか。
若手の幹部など、束になってもとても適わない方だなと、
つくづく思います。

※この方の体験談が綴られた面右上の笑顔のお写真、
 私たち家族が、神奈川で子育てに奮闘中だった時に、
 実の母親の様にお世話になった方(本年96歳で他界)
 が80歳代半ばの頃のお顔によく似ていらっしゃる。
 思わず懐かしさに涙するところでした※

更には、同日付4面(見開きで、先の体験談の右面)の
『声』の欄・上段左には、神戸市の64歳の壮年の方が、
一緒に大誓堂での勤行会に参加された89歳のお母様
(奇しくも、先の方と同い年)のことが書かれていました。

--------------------------------
『医師も感嘆した母の前向きな姿』より

かかりつけの医師から
「いつも明るくて、お元気そうですね」
と声をかけられ
「『できない』ことを嘆くよりも、『今できること』に
喜びを感じます。毎日が歓喜に満ちています」
--------------------------------

広布の諸先輩方に教えて頂くことは、まだまだありそう
ですね。

過去世で強く願い求めて、ようやく今世で、この信心に
めぐり遭い、所願成就、罪障消滅、其罪畢已の機会を
得ながら却ってより深い悪業を積んでしまい、そのこと
に気付くことすらできずにいる人が、いかに多いことか。

いくら信心を重ねても「師弟不二」の意味を知らなけれ
ば、苦難に立ち向かう気概を持てずに、世間的な安逸を
貪りたくて仕方がない境涯を抜け出せなければ、結局は
「自身の無明に負け」て、悪道に転がり落ちてしまいます。
その罪は、過去世からの罪に倍にする重さになって、
来世以降に持ち越されてしまいます。

そのことに気付かせてくれる最大の教訓こそが、戦って
勝ち得た自らの体験です。
それを掴む前に白旗を挙げて、大きな体験の機会を
放棄してしまう愚かしい行為。
しかし、まだ自分が成仏への軌道に外れるだけであるならば、
また次により大きな、泣いてお題目をあげずにはおれない
ような試練を受けて気付くこともあるでしょう。
しかし、「自身の無明」による行為で、他の信仰者・学会員
までを巻き添えにしてしまえば、それこそ「度し難い
(救い難い)」「一闡提(いっせんだい)」の道に、我が
境涯を落としてしまいかねません。

だからこそ、そういう人は厳しく糾弾し、気付かせて
あげなければいけない。
仏法の因果とは、「希望の原理」でありながらも、それに
反する行為を繰り返す者には、極めて厳しく厳粛なもので
あると、私は思うのです。

(続きます)
 

浮舟さんへ(6)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月24日(金)15時11分4秒
編集済
  さて、私自身が当初考えていた以上に、ここまでの論述期間が
長引いてしまいました。
長々とお待たせして申し訳ありませんでした。
今回と次回をもって、一応の終着点としたいと思います。

前回までに記述した役割以外にも、地区部長の果たすべき
役割と使命と責任を下書きでは細かく列記してみましたが、
内部の方なら当然に知っていることであり、おそらくは覗き
見ているであろう少数の外部の方に、事細かく説明して差し
上げる必要はありませんので、全て割愛することに致しました。

最後の締めくくりとして、今回のこの論述の切欠となりました
浮舟さんが深く憂慮されて記述されたブログ『あさき夢みし』の
『自分のやるべきこと』以降のお書き込みに関して、所感を
述べながら、この騒動に関する私のスタンスを明確にして
おきたいと存じます。

>今、自分のやるべきこととは何だろうと思うことがあります。
>まずは、我が家の後継者を育成すること。

そうですね。
各家庭において、しっかりと我が子たちが信心の継承をして
いけるようにすることは、親として、とても大事なことですね。
「親の責任」とか「親の義務」とかという表現をすると、とても
重圧、重荷になってしまいます。
親子とは言っても、それぞれが独立し、互いに尊重すべき
一個人です。

親子兄弟は、遺伝による体質の相似性もありますし、同じ
家庭環境で過ごしてきたことによる共通点も多い(宿縁に
よる結びつきの強さ)わけですが、明確に別人格(善悪の
宿業の個別性)であることもまた、紛れもない事実です。

親は、わが子に対して、その子が今世で果たすべき使命の
自覚を促す助縁として、誰よりも濃い役割を担っています。
子もまた、自分の成長過程を通して、親に成長を促し、
今世での学びの機縁となっていきます。

私の義妹は、信心強情な家庭で育ち、兄弟姉妹の中でも
最も強くその信心を継承し、圏女として明るく朗らかに、
部員さんたちを励まし戦いながら、保育士としてもしっかりと
信頼を勝ち得て、別分県の圏男と結婚をし、誰もが婦人部と
して洋々とした人生を送れるものと思っておりました。

義妹夫妻に待望の長男(自営業の実家にとっては、将来の
跡取り)が生まれ、幸せな前途が約束されたかに見えました
が、長男が成長するにつれ「普通の子とは違う」ということに
気付きます。
地方の病院では対応できず、東京の専門医の診断を仰ぐ
ために、当時、神奈川にいた我が家に泊まり、詳細な検査を
受けます。
検査の結果、医師に告げられたのは、「遺伝子異常」という
ことでした。
ダウン症ともまた違う、極めて稀な症例でした。
そこからが、その義妹の本当の宿命との戦いでした。

某誌に体験を載せて頂き、そこにも書かれていますが、
「心中も考えた」というほど、精神的に追い詰められました。
詳細は書きませんが、義妹にとって人生で初めて我が身の
宿業の深さに気付かされ、「泣きながらお題目をあげ」、
檀那と一緒に一歩も引かずに戦う日々が続きます。

その長男も、今年、支援学校の高等部に進学しました。
その間には、体質と心労とが重なり、脳内のくも膜下に瘤が
でき、2度、緊急手術を受けています。
瘤は2度とも破裂寸前でした。
自ら「普通じゃない」と気付いて救急車を呼び、そのまま即、
緊急手術。
破裂していれば、脳内出血でも最も危険な「くも膜下出血」と
なりますから、かなり大きな確率で「死」を迎えたか、幸いに
一命は取り留めても、重い後遺障害に苦しむことになった
でしょう。

しかし、義妹には、「何としても長男を育て切る」という使命が
ありました。
そこで使命を放棄して死ぬわけにはいかないのです。
その使命を生命の内奥で深く覚知している義妹の死を、
長男を守る諸天が赦してはくれません。
長男にとって、まだ「元気な」母の存在は必要なのですから。

親子の関係とはそういうものだと、私は考えています。

同じように、学会の地区にあっては、地区部長・地区婦は
地区同志の皆さんにとっては、なくてはならない親であり、
地区部長・地区婦は、地区員の皆さんをわが子のように
慈しみ、育てなければいけない「使命」を持っています。
彼の醜悪なブログを公開した御仁は、その使命を放棄した
ばかりか、守るべき地区同志の皆さんがもし、そのブログ
記事を眼にするようなことがあれば、「信心に疑念」を抱か
せるような事態を自ら創出し、演出したのです。

それを眼にした学会員は、真っ先にそのことを糾弾しなけ
れば、大聖人から極めて重いお叱りを受けることでしょう。
「成りすましかどうか」などという世法的な責任のなすりあい
など、純真な学会員同志を誑かす仏法上の罪に比較すれば
遥かに小さい。
私は、そう思います。

また、地区部長に限らず、正の役職者の大きな使命と責任
には、次の「後継者を育てる」ということがあります。
これは、連絡や報告といった事務的な業務のみではできる
ことではありません。
地道な家庭訪問と一対一の対話。
その中にしか「人材育成」は存在しないのですね。
それは、健全な家庭環境を築くことにもまた、通じます。

>「何のために」「何を書くのか」

まさに、浮舟さんのこの問いかけを、彼のどら猫氏に
ぶつけたい思いです。
「何のために」あのようなことをしでかしたのか?
謝罪後にまでネットに執着し「何を言おうと」しているのかと。

>学会を変革していきたいと思うのであれば
>組織の中に潔く身を置き、
>藻掻きながら前に進んでいくしかありません。

>組織を離れ、批判したとて、女々しさが残るだけです。

まさに、その通りです。
更に、

>判断基準につきまして。

>この創価カテゴリ内のことに限らず、
>信心に関する全てのことについて申し上げれば
>「広宣流布を推し進めているか否か」、
>これこそが判断基準となりましょう。

これもまた、その通りであると、私は思います。

大河さんのところにコメントし、個人的な理由からそれを
削除した後に、大河さんが再掲されたことに私は抗議し、
削除を依頼しましたが、再掲して欲しくない部分を除き、
自ら再度、その内容を提示したいと思います。
--------------------------------------
Commented by 福島の壮年 at 2014-09-08

仮に、どら猫さんご夫妻が、まだ学会に籍をを置く方たちで
あるとしても、今回の騒動に際し、「自分が悪かった」
「間違っていた」と心から懺悔する一念が芽生えないので
あれば、間違いなくまた同じ過ちを繰り返し、獅子身中の
虫となっていくことでしょう。

悶々とした恨み辛みを抱えて組織に害を成すくらいなら、
さっさと退会された方が、組織としてはすっきりします。
学会は、入会するも退会するも、本人次第です。
「一念三千」「色心不二」「依正不二」「現当二世」の法理から、
その先にどういう結果を迎えようと、それは、誰のせいでも
ありません。
全ては御自身の責任で、ご自身が抱えていかなければ
いけないことです。
どういう結果を迎えようと、「自己責任」でお願いします。
けして、他を巻き込むことのありませぬように
--------------------------------------

私のスタンスは、一寸たりとも変わってはおりません。
これまで、退転した人たちの言い分を嫌というほど聞いて
きているし、幸いにも思いとどまりながら、未だに燻り続けて
いる不信の同志も見てきています。

本当に『獅子身中の虫』と、判断された時、その処遇は
極めて厳しい状況に置かれるであろうということを付記して
おきたいと思います。
(勿論、世間的な脅迫や恫喝などは一切ありませんが、
「信心」で受け止めきれるかどうかは、本人たち次第です)

こともあろうに、「同じ過ちを繰り返す」に等しい行為を
結果的に促し、助長している輩がいる。
どら猫氏と内通して、騒動を引っ張ろうと画策している者も
いる。(確かな状況証拠を多数握っています)

厳しく「仏法によって」裁かれ弾苛される前に、早く気付けと
申し上げたい。

>ネットでの発言は世界に広がります。
>ひとつの地区内でおさまるものでは決してありません。
>その影響力の大きさ、深さをこそ考慮するべきでしょう。

けして、ネット上でのことを侮ってはいけませんね。
確実に、発言者・閲覧者双方に、「身口意」の三業として
刻まれていきます。

(続きます)
 

浮舟さんへ(5)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月20日(月)13時39分52秒
編集済
  地区が学会活動や組織運営の基地(牙城)であり、要である
ことの具体的な根拠を示してみたいと思います。

先ずは、池田先生の指導から。

2010年6月7日付聖教/随筆 我らの勝利の大道 15
『「地区」こそ創価家族の広布城(上)』

-------------(引用、ここから)----------------------

ここに使命が!ここで勝つのだ!
最前線に勇気と歓喜よ燃え上がれ
(中略)
昭和二十六年五月三日、第二代会長に就任された私の師・
戸田城聖先生は、「七十五万世帯」の大折伏を宣言された。
余りにも大きな目標に、ただ聞き流している幹部もいた。
どうすればよいのか、呆然とする先輩もいた。
しかし私は、この師匠の大願に、眼前の現実を一歩でも
近づけていくのだと、誓いを立てた。
そして、その闘争の眼目を「地区」に定めた。
わが地区から、楽しく、明るく、元気いっぱいに先生の願業
達成へ突破口を開いてみせると、若き闘魂を燃え上がらせた
のである。
当時の日記に、私は決意を綴った。
「吾が地区を、充実させることに奔走いたすべきこと」??。
この時、私は東京・大田区を地盤とする蒲田支部の大森地区
委員であり、男子部の班長であった。
地区委員は現在の地区部長、第一線を走る班長は、現在の
男子地区リーダーともいえようか。

誠実に真剣に!
私は二十三歳。地区の方々は、年上ばかりである。礼儀正しく、
誠実に接することを心がけたのは言うまでもない。
しかし、戸田先生を思い、学会を思う真剣さは誰にも負けな
かった。
「九層の台も累土より起こり、千里の行も足下より始まる」??
これは、トルストイも大切にしていた『老子』の言葉である。
大事をなす出発点は身近にある。足下にあるのだ。
地区は皆の顔が見える。だからこそリーダーの真剣な一念が、
鏡に映るように皆の心にそのまま表れる。
私は、わが地区の大発展を祈りに祈った。一人ひとりの宝の
友を励ましに励ました。青年らしく率先して拡大へ走りに走った。
「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」
学会活動は、この御文に寸分違わぬ闘争である。

-------------(引用、ここまで)----------------------

次に、実務としての地区の役割を列挙してみましょう。

<1.統監>
創価学会員の戸籍簿ともいえる「統監カード」を保管し、
在籍会員の細かな「個人情報」を「転入・転出の履歴」を
含めて管理しているのは、地区であり、地区部長です。

会員の勢力や構成、正式な折伏成果等を一定期間毎に
集計し、学会本部まで報告される統監用紙(マークシ-ト方式)
を記入するのも地区単位です。

「地区統監主任」という役職(支部以上は「統監部長」)があり、
神奈川では、地区部長が統監主任を指名(だいたいは、次の
地区部長と目される人を選ぶ)することができましたが、
福島では、地区部長が兼任しなければいけないことになって
います。

私は、学生部のときにも統監業務に携わってきましたし、
男子部のときにも地区に張り付いて、統監のお手伝いを
させて頂きました。
「統監」とは、「統計監査」という言葉の略称ですが、
その業務は、単なる数字の集計のためにあるのではなく、
会員一人ひとりの状況を具に把握し、的確な手を打っていく
ための基になるものです。
そのベースとなる組織単位が地区であり、その管理責任を
任されているのが地区部長です。
会員の転出の際にコメントを付けるのも地区部長ですね。

会員一人ひとりの状況をこれだけ把握し、各地域ごとの
勢力や世帯の状況を逐一綿密に管理されている宗教団体
は、他にはないでしょう。
国の戸籍でさえ、きちんと管理されているのは、日本くらい
ですから。

それだけに、地区部長の責任は重いものがあり、個人
情報に関わる守秘義務を含め、その任を全うできる強い
倫理観と資質を備え、「数」ではなく、「人」として会員を
把握・管理し、何かが起きれば的確なフォローができる
信心と人格が問われます。

<2.座談会(協議会)の企画運営>
各地区には、「座談会推進委員」が存在し、座談会の企画や
運営に携わっておられますが、最終的に企画を決定し、
日程を調整し、担当幹部を手配するのは地区部長の責任です。

学会伝統の、そして、活動の中核にある「座談会」は、基本的に
地区単位で行なわれます。
(ブロック座や支部セミナーなどもありますが、基本は地区です)

また、毎週初めに行なわれる、組織内の報告・連絡・相談の
場である「協議会」も、基本的には地区単位での開催です。
上位組織からの打ち出しを伝え、それに関する報告事項を
まとめ、更には、各種定例の連絡事項の取り纏めに忙殺されて
しまうのが実情であることは重々承知していますが、本来、
地区協議会というのは、地区内の会員の皆様の状況を正確に
把握し、何か問題がないか、速やかに対処すべきこと、解決
すべきことはないかなどを協議し、地区幹部やB長・白ゆり長
さんと情報を共有し、認識の統一を図り、その後の活動に
具体的に生かし、「誰が誰に何をするか」を「協議する」場です。

<3.御書(教学)の研鑽>
部別御書学習会は、福島では、婦人部は地区単位、壮年部は
支部単位で行なわれ、講義担当者は、地区婦人部長や支部長
が適任者に依頼をすることが原則ですが、神奈川では、壮年部
御書学は、地区単位で行なわれ、「地区部長が講義をする」
ことが原則でした。

男子部が座談会での御書講義を担当することになる以前は、
こちらも地区部長が担当するのが原則でしたね。
地区部長になって初めて講義をするという方も多くおられます
ので、それはそれは涙ぐましい勉強をされて、額に汗しながら
講義をされている姿をよく眼にしましたが、それはそれで
素晴らしいし、私が講義をさせて頂く時には、受講される方が
飽きないように、語句が理解できなくて「何を聞いたか分から
なかった」ということがないように、かなり読み込み、工夫を
凝らしてお話しをさせて頂きました。
その姿勢は、今も変わっておりません。
だから私は、講義の最中よりも、その直前までの方が緊張
します。

ここまで見てきても、「地区部長(地区婦人部長)」という
役職が、どれほど大変で重要であるかが分かります。
だからこそ、地区部長(地区婦人部長)は、大きく成長できる
チャンスなのですね。
まさに、学会の信・行・学の要が、地区部長であり、地区婦人
部長です。
それだけに、その役職に就いている(就いていた)者が、
学会を中傷するような発言を公然と行なう罪は計り知れない
ほど大きい。

彼のブログを公開した御仁は、よくよく、それをかみ締めな
ければいけない。
彼を糾弾した誰それが、どうしたこうしたと、未だに騒いでいる
人がいますが、それ以前に、彼に、その罪の大きさをきちんと
理解させるべきです。
ましてや、一旦は明確に「謝罪して」おきながら、更にその
残滓を燻らせ続ける行為は言語道断です。
それを助長させる行為を行なうものにも罪と責任がある。
私は、強くそう思います

(まだ続きます)
 

浮舟さんへ(4)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月16日(木)12時34分18秒
編集済
  「(自涌の菩薩の)使命」と「(創価学会の)役職」について、
少しばかり私見を述べさせて頂きます。

浮舟さんは仰られています。

>学会に籍を置き、役職を持っている方のブログであった場合、
>中には 例えば婦人部の言動についてのブログ記事の場合
>には、読んでいるこちら側も「うーん、そうだよね」と自らを
>反省するきっかけとなる箇所もあるわけです。

>そしてまた「ああ、そういうご苦労もあったのか・・」という箇所も。

>そういうところにつきましては
>理解受容もある程度できるわけですね。

創価学会の組織は、日蓮仏法を奉じ、それを広め、そのことに
よって、世界の平和と全民衆の幸福(先生の言葉をお借りするなら
全人類の幸福)を実現することを目的とし、使命として活動する
未曾有の在家信徒の集団・組織です。

一人ひとりが、自らの宿業と困難に立ち向かいながら、地域同志の
幸福と成長を願い、更には、全世界の同志、また全人類の安穏と
楽土建設のために働いていくという、崇高な使命を担った「凡夫」の
集団です。

どのような組織や集団にもあることですが、組織・集団を一つの
目的に向かい結束させていくために、業務ごとにまた、地域ごとに
「機能性と運営上」構成される分割された「組織」が在り、
各組織に所属する人たちを纏めていく「役職」がつくられ、
その職に任じられる人が出てきます。
そのような事業(人間の織り成す社会的・生産的活動を、全て
「事業」と総称します)でも、指揮・命令系統を明確にし、組織を
構成する所属員が同じベクトルを向き、同じ価値観を共有して
その時々で果たすべき役割を自覚して活動しなければ、目的
とする成果は現れません。

創価学会の組織では、「地区」こそが、まさに全ての活動の
「基」になります。
広宣流布の諸活動を推進する基地である「地区」が機能しなく
なれば、支部も本部も崩壊します。
だからこそ、「地区部長」が担う使命と能力は極めて重要です。
重要であるだけに、地区部長・地区婦人部長は、多忙を極め
ます。
婦人部との協調、青年部や未来部の育成、上位役職者と下位
役職者との軋轢の緩和、古参と若手との連携、怨嫉への対処
等々、人間関係の調整役としても責任が問われます。
日々の報告・連絡・相談、折伏戦においても法戦においても
新聞啓蒙の推進にも、まさに地区部長には率先垂範が求め
られます。
毎週、毎月の座談会や協議会を始めとする各種会合の運営と
指揮・運営や上位役職者との連携。更には家庭訪問等々。
休んでいられる時間がありません。

しかし、そこから逃げてしまえば、何よりも地区部長を拝命した
自分自身の成長が、そこで止まってしまいます。
世間的な尺度で言えば、地区を預かる者としての「器量」を
放棄することになりますから、他のどんな組織・団体においても
地区と同等の人員を任される器ではなくなります。
仏法的な尺度では、「自涌の陣列を統率できる境涯」の放棄で
あり、どんなにお題目をあげたとしても、自身の人格の練磨には
かなり、自身を鼓舞するような事態(人生の障害と向き合う闘い)
が惹起しなければ難しくなってくることでしょう。
(深刻な病気や怪我などで、一時的に活動を制限せざるをない
場合を除きます)

脱会して、そういう役職から解放されて「すっきりした」などと
公言している人たちが、特に「法華講」側に宗旨替えした人に
多く見られ、ネット上にも、そういうことを公開する人が多くいます。
「スッキリした」?
そりゃ、そうでしょう。
全ての「使命」から逃げて、仏子を守り育て、「自他ともの幸福」を
誓願し行動する「自涌の菩薩」としての使命を放棄し、自らが成長し、
境涯を高める崇高な行為・行動をやめてしまったのですから。

どんな組織活動であれ、「プレッシャー」や、それに対応していく
ために、「ストレス」は必ず出てくるものです。
「悩み」のない人など、信心をしているしていないに関わらず
おりません。
学会の役職を放棄して「スッキリ」としたという人、その人は、
自身の悩みを解決するためには頑張れることがあっても、
「他者のために悩み」、「同苦する」器量と境涯を持ち合わせては
いないということを、自らが証明しているようなものです。

創価学会の活動は、全て「仏道修行」です。
それを「し続けること」がどれ程困難なことであるかは、経典にも
御書にも明らかに説かれている通りです。
それを途中で放り投げてしまえば、一時的には楽になるかも
知れませんが、三世の生命観に立ったとき、どれほど勿体無い、
どれほど残念な行為をしてしまったか・・・。

大聖人の時代、在家の門下たちが、大聖人が認(したため)た
「法門書(抄)(論)」や「お手紙」を近在の人たちが寄り集まっ
て拝し、共に励ましあいながら信心を深めていったご様子は、
御書の中にも明確ですが、現在の創価学会(SGI)のような
巨大な在家教団は存在していませんので、組織論と役職者の使命の
自覚は池田先生や創価三代の会長に学ぶしかありませんので、
思いつくままに、新・人間革命から拾い出してみましょう。

<仏意仏勅に従い、久遠の誓いを果たせ!>

  「とかく仕事が忙しいと、”いつか暇になったら、
   学会活動に励もう”と考えてしまいがちです。
    しかし、それは間違いです。どんなに多忙であっても、
   自分のできることを精いっぱいやっていくんです。
 というのは、信心が後退すれば、仕事の面でも、
   行き詰まりが生じてしまうからです。
 日蓮大聖人は、『仏法は体のごとし世間はかげのごとし
   体曲れば影ななめなり』(御書九九二㌻)と仰せに
   なっています。
 体である信心が確立されてこそ、その影である仕事を
   はじめ、世間のことも、順調に進んでいくんです。
   また、たとえ、仕事等で困難に直面することがあった
   としても、見事に乗り越えていく力が出るんです。
 戸田先生は、ご自身の事業が行き詰まってしまった
   要因の一つは、自分が第二代会長になるのを避けて
   きたことにあると、私に語ってくださいました。」
 その時、戸田は、こう言ったのである。
 「私は、牧口先生の遺志を受け、会長として立って、
  広宣流布の指揮を執らねばならぬことは、
   よくわかっていた。しかし、会長職の責任の重さを
   考えると、ためらわざるを得なかった。
   とても、あの牧口先生のようにはできぬと思った
   からだ。
   しかし、それは、仏意仏勅に反することであった。
 自分が躊躇していた分だけ、広宣流布を遅らせ、
   民衆は不幸に喘ぎ続けた。私は、自分の事業が
   完全に行き詰まって、初めて目が覚め、そのことに
   気づいたんだよ。
 私たちには、広宣流布という久遠の誓いを果たす
   使命がある。学会の役職は、そのための責任職だ。
   疎かに考えてはならん」


<創価学会しかできなかった「ドン底の救済」>

   「事実上、学会は日本一の大教団となり、職業も年齢も
   異なる、まことに多種多様な人びとが集っております。
 そのなかには、すぐに感情的になってしまう人や、
   非常識な人もいるかもしれない。
  すべての人を包容し、最も悩み苦しんでいる人たちに
   根底から光を当てて救済し、幸福を実現してきたのが
   創価学会です」
 かつて、信心を始めた会員の多くは、それぞれが深刻な
   問題をかかえていた。
   その個々人の問題が、あたかも学会全体の問題である
   かのようにすり替えられ、非難中傷を浴びせられたこと
   もあった。
   それは、学会が、社会の底辺にあって苦悩する人びとに
   救済の手を差し伸べ、宗教の使命を果たし抜いてきた
   証明ともいえよう。
 「私どもが担ってきたことは、最高に尊い、仏の使いで
   なければでき得ぬ労作業でありました。
   仏の聖業を、仏に代わって行ってきた。
   だからこそ、経文に照らして、容赦のない嵐が競い起こる
   のは、必然なんです。
 広宣流布は激浪の海を行かねばならない。
   その覚悟を定めなければ、何かあれば、すぐに揺らいで
   しまう。
   この根底の一念というものを、どうか堅固に確立して
   いただきたい。

  そのうえで、もし、非があれば、非として認め、反省し、
   前進していくことです。決して、独善的であってはならない。
   揺るがざる信念と理不尽とを混同してはなりません」
 不屈の信念をもって、常識豊かに、忍耐強く、社会の
   信頼を勝ち得ながら前進していくなかにこそ、広宣流布の
   広がりはある。
 伸一は、凜とした声で訴えた。
 「広宣流布の前進ある限り、今後も、さまざまな問題が
   生ずるかもしれない。その一切の責任は、私にあります。
   戸田先生も、学会に起こった諸問題に対して、
   『罪深き私のゆえ』と、よく言われていた。
   私も、全く同じ思いであります。
   諸君は、安心して、伸び伸びと、後継の大道を歩んで
   いってください」

創価カテ内にある
『ブログで読める戸田城聖全集 第二巻 質問会編』
http://situmon30.blog122.fc2.com/blog-entry-282.html
にも、『「創価学会の問題」情報について』と題して、
戸田先生の指導を引用されています。

私は、これまで何度か転職を経験してきましたし、長く勤めた
会社内でも業務・職務の異動や職場の移動を経験してきました。
そいう折々に祈ったのは、勿論、家族を養うために必要な
賃金を得られるようにと言うことはありましたが、もう一つ、
「自分の広布の使命を果たすため、思う存分に活動時間の
取れる環境を与えたまえ」ということがありました。
私にとっては、けして譲れない、何よりも重要なことです。
そして、それは幸いに、これまで叶えて来ることができました。

さて、次は、私がこれまで経験してきた地区活動の具体的事例を
紹介したいと思います。
これが、どこまで公開するべきか・・・難しいところで、
纏めるまでに時間がかかりそうです。
 

浮舟さんへ(3)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月10日(金)15時39分3秒
編集済
  【3.願兼於業(がんけんおごう)】

「願兼於業」については、十数年前、全国で一斉に学ぶ機会が
設けられましたよね。
それほど、今の時代には大事な法理だということなのでしょう。
『開目抄上』には、次のようにあります。

『例せば小乗の菩薩の未断惑(みだんわく)なるが願兼於業と申して・
つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕(お)ちて大苦を・うくるを
見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に
代れるを悦びとするがごとし』

誰人も、自分が「地獄のような苦しみ」を味わいたいと願う人は
いないわけですが、何があっても守って上げたいと思える人が
いる場合、「自分がその苦を代わってあげられるもののなら、
代わってあげたい」と思うこともあるわけです。

大聖人は、前述の御文では、おそらく、釈尊の十大弟子の中でも
「神通第一」と謳(うた)われた目連(もくれん)が、亡き母を思い、
神通力を以って死後に餓鬼界に堕ちた母の姿を知り、苦しむ母を
救うために、多くの僧を集めて供養し、救っていくということが
描かれた経典を例に挙げておられるのだろうと推察します。

親の恩に報ずることが最大の徳といわれた時代のことです。
現代の私たちが、最も理解し易い例を挙げるならば、母親は
わが子が何らかの原因で苦しみ悶えているのを見れば、何と
してでも、その苦を和らげてあげたいと思うことでしょう。
しかし、その苦を除く手段が現実に存在しないなら・・・。
「できることなら、自分が代わってあげたい」と、願うことでしょう。

前述の御文に続いて大聖人は、

『此れも又かくのごとし当時の責(せめ)はたう(堪う)べくも・
なけれども未来の悪道を脱すらんと・をもえば悦(よろこ)びなり』

と仰られています。
我が親でも、我が子でも、「自分が代わって救えるなら」と願って、
その願いが叶い、大苦が和らぎ、癒されていくなら、それに代わって
自分が苦しむことは「嬉しい。願いが叶った」とさえ思えるように、
未来永劫にわたって苦しみ続けるべき業火を、全て今世で消せる
なら、これ程悦ばしいことはないではないかと。

その「宿命転換」「転重軽受」の鍵こそが、母が子を思い、また
子が親を思う「慈悲心」であると。

全民衆の救済の陣列に連なり、自分と同様の宿業に苦しむ衆生・
眷属(けんぞく)を救うために、自らが、それらの衆生の苦しみ
辛さを受け、それを克服していく姿を見せていく。
自らが誓い願ってきたところの「業」。
自らの「業」が、他者救済という崇高な「願」を「兼」ねるという
「願兼於業」の法理こそが、結局は「其罪畢已」や「転重軽受」にも
繋がっていきます。

法華経『法師品第十』に、
『薬王、當(まさ)に知るべし。
是(こ)の人は自ら清浄の業報(ごうほう)を捨てて、
我が滅度の後に於(おい)て、衆生を愍(あわ)れむが故に
悪世に生れて、広く此(こ)の経を演(の)ぶるなり』

と、あります。

妙楽大師は先の経文を『法華文句記』で次のように釈しました。

『次に薬王(やくおう)より是(この)人、自捨清浄に至っては、
悲願を牽(ひ)くが故なり。
仍(よって)是れ業生(ごうしょう)なり、未(いま)だ通応に有らず。
願って業を兼ぬ、具(つぶさ)に玄文(げんもん)の眷属(けんぞく)
の中に説く』

自身が造ってきたところの重き先業の報いも、「他者救済」の
ために使おうと発願するならば、その自らの報いも「転重軽受」
へと向かい、自他共に「其罪畢已」の確かな道に入っていく。
何と素晴らしい「希望の哲学」でしょうか。

創価学会を非難中傷する人の中には、この仏法の要である
「宿業論」を、苦しむ人に辛子を塗るような行為だという人が
います。
確かに、この「願兼於業」「転重軽受」「其罪畢已」の法理を知る
こともなき人に、「あなたが苦しむのは、あなたの過去世の悪行
によるものであり、全て自分の責任なんだ」としか言わなければ、
その人は、逃れがたき「苦」の連鎖ばかりに執着し、よりその
苦は増すばかりでしょう。

「仏法」の深遠なる法理を知らない「無知の衆生」には、先に
「必ず克服できる」「必ず乗り越えられる」という励ましと希望を
与え、しかる後に、自分の宿業と向き合うことを教えなければ
いけないこともあるでしょう。

然し、既に大聖人仏法の真髄を「智識としてだけでも」知る人に
対しては、その使命を自覚させるべく、厳しく指導し、気付かせて
あげることも必要であると、私は思うのです。

さて、次は「使命」と「役職」について、私の考えを述べて行きたい
と考えています。
連休後になりますので、ご容赦下さい。
 

浮舟さんへ(2)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月 8日(水)15時42分16秒
編集済
  先ずは、最後に浮舟さんが綴られた次の言葉についてです。

『私事ではありますけれども、このたびの自身の病気を思いますに
(確かに「願兼於業」との考え方もあると思いますが)
「自分は過去世において一体どれほどの罪業を積んできたのだろうか」
思い悩む自身もいるわけです。』

余談ですが、5日(日)の支部壮年部・御書学の講義、いつものこと
ですが、当初依頼された昼だけではなく、夜の部も急遽仰せつかって、
昼夜2回の講義をさせて頂きました。

昼の部には、6人の方が参加されました。
私よりもご年配の方々ばかりです。
その内、5人の方は、会場を提供されたお邸のご主人のご好意で
用意された椅子に座って受講されました。

さて、ここの拙掲示板『御本尊相貎抄を読み解く(2) 』では
http://9314.teacup.com/fukushima/bbs/3

御書学の拝読箇所の御文を、次の様に解説させて頂きました。

『(我が家に)御安置されている御本尊に、日々、怠りなく唱題の
御供養をし、地涌の菩薩の使命を果たさんと誓い行動する創価の
同志(とも)には、この現実世界においては、あらゆる「幸福」を招き
寄せ、死後並びに来世においては、(十方三世のあらゆる)御仏
(みほとけ)が、その尊貴な生命を称え、・・・』

ですが、現実を見れば、真面目に信心に励んでこられた学会員で
あっても、病気や経済苦や諸々の悩みを抱えておられる方は多く
おられます。
私も、「真面目に信心を貫いてきた」かどうかは怪しいところも
ありますが、様々な障害を抱える身です。
また、わが子たちに最もお金がかかる時期に失職し、求職には
かなり苦労も致しました。

これは、どういうことなのか。
私は、3つの観点からこれを論じることができると考えています。

【1.油断や不注意、不節制や偏食等による事故や病気】

「信心しているから、事故は起きない」は、「過信」である。
「信心しているからこそ、細心の注意を!」
とは、池田先生が何度も戒められていますし、聖教紙上などでも
折に触れて注意を喚起されています。

仏教でも釈尊は先ず、「自身を律し、(世間的な)悪行を慎み、
善行を積み、心身を鍛え、少欲知足を知り、日々の生活を
安定させていきなさい」と、教えています。
華厳時から阿含時にかけての初期仏教典は、そういう言葉に
満ち満ちています。

突発的な事故や病気に見えても、普段の規則正しい生活と
注意深さがあれば、かなり防ぐことは出来ることでしょう。
ただ、このような軽い事故や軽い病気であっても、
「事故を起こす人は、同じ事故を何度も繰り返す」
「うっかり者は、同じ失敗を繰り返す」
と言われるように、明らかに「生命の傾向性」というものが見て
取れます。

また、加齢による身体の不調・不具合は、誰にでもあるものです。
信心していようがいまいが、「生老病死」のサイクルからは逃れ
ようがありません。
それを、どれだけコントロールし、うまくそれらと付き合っていくか。
これも大事なことですね。

【2.其罪畢已(ございひっち)と転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)】

御書には、こう説かれています。

『涅槃経に、転重軽受と申す法門あり。先業(せんごう)の重き、
今生(こんじょう)につきずして、未来に地獄の苦を受くべきが、
今生にかゝる重苦に値(あ)ひ候(そうら)へば、地獄の苦しみ
ぱっときへて、死に候へば人(にん)・天(てん)・三乗・一乗の益(やく)
をうる事の候。
不軽菩薩(ふぎょうぼさつ)の悪口罵言(あっくめり)せられ杖木瓦礫
(じょうもくがりゃく)をかほるも、ゆへなきにはあらず。
過去の誹謗正法のゆえかとみへて、『其罪畢已(ございひっち)』と
説かれて候は、不軽菩薩の、難に値ふゆへに過去の罪の滅するか
と、みへはんべり」(転重軽受法門)

過去遠々劫(かこおんのんごう)から、生死・生死(しょうじ)を繰り返し
ては積んできたところの悪業(あくごう)、そして意識するとしないとに
関わらず、悪業を積ませてしまう「元本(がんぽん)の無明(むみょう)」。

その積み重ねられた「宿業」によって、今生(こんじょう)のみならず、
来世、またその来世と、延々と受け続けなければいけない試練・苦の連鎖を
今生で全て断ち切ってしまいましょうと。
「元本の無明」という生命に巣食う癌細胞を外科手術で根本から
切り取り、「元本の法性(ほっしょう)」という、穢れなき清浄な生命へと
変革することで、根こそぎ「宿業」を清算してしまうわけですから、
当然に「痛み」も「苦しみ」も伴います。
それを乗り越えた時に、『其罪畢已』=『(かこおんのんごうからの)
その罪は、既に(きれいに)なくなって』しまいますと。

尋常ではない辛さ苦しさも、この信心を唯一無二に疑いなく貫き通す
ことができたなら、後は晴れやかな自由自在の境涯が待っています。
それを「信じ切れるなら」、我慢できますよね。耐えていけますよね。

【3.『願兼於業(がんけんおごう)』】

そう、最後の3点目が、浮舟さんが仰るところの「願兼於業」ですね。
これは、次回に譲らせてください。

私が論じなくとも、浮舟さんなら全てご存知の法理でしょう。
また、早く今回の「係争」の本質と、この福島の壮年の見解を述べろ
と、読んでいるであろう人の中には思っている方もおられること
でしょう。
しかし、この大聖人仏法の中核をなす法理を明らかにすることで、
見えてくる本質があると、私は思っています。

それでは、今回は、ここまでとさせて頂きます。
 

浮舟さんへ(1)

 投稿者:福島の壮年  投稿日:2014年10月 8日(水)15時40分59秒
  浮舟さん、返信が遅くなりました。

一気に書き上げて、一気に公開しようかと思っておりましたが、
書きたいことが多岐にわたり、なかなか構想も纏まらず、
どうにも、そうはいかないようです。
浮舟さんが縷々綴られたことに対して、かなり前後しながら、
また、行きつ戻りつしながら、思うままに書かせて頂きます。

その方が、身構えて「論理的に」などと考えて文章を組み立てる
より、私の「本音」や「素」を表に出せるものと考えています。

誠実に私に語りかけて下さった浮舟さんに対しては、
私の文章の構成などが稚拙であっても、文の体裁などに拘らず、
誠心誠意、思うところを綴らせて頂くことに致しました。

私は、浮舟さんが、宿業の嵐に見舞われながら、そのご自身の
ご様子を書き続けておられるブログの記事を、ずっと注目して
拝見させて頂いておりました。

度重なる病魔への恐れと不安と苦しみ。
けして、一つひとつの記事の分量は多くはありませんが、
丁寧に正直に、その時々の状況、境遇を書き綴っておられます。
そして、現在進行形でのご自身の病魔との闘いを綴られながら、
それを「愚痴」や「もがき」にすることなく、そこに信心で立ち向かう
浮舟さんのお姿とご心情が、お人柄と共に、よく表れていました。

退院されてからの記事では、まだ、もう少しリハビリが必要なの
ではないのかなと、けして、ご無理をして頂きたくはないなと、
心配し、拝見させて頂いておりました。
お辛い体の状態を嘆かれながらも、「早く現場に」との強い思い
が伝わって参りました。

そして、『自分のやるべきこと』『これからのこと』『同左(2)(3)』の
記事を拝見するに至り、「ああ、ご自身がお辛い状況であるにも
拘らず、(創価カテ内での)同志間の軋轢」に意見せざるを得ない
ほどご心労をおかけしているんだなと、私も当事者の一人として、
申し訳なく思い、いてもたってもいられず、ちよさんのブログ上で
コメント欄をお借りして、声を掛けさせて頂きました。

そして、思いもかけず、『あさき夢みし』のコメント欄を開いて、
招き入れて頂き、私信(公開されてですが)の遣り取りをできる
ことに、ありがたく、また、申し訳なく存じます。

さて、次から本題に入らせて頂きます。
 

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