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Re: 御礼

 投稿者:知道  投稿日:2010年 2月24日(水)21時21分5秒
返信・引用
  > No.7[元記事へ]

南無阿弥陀仏

清原さん、ご返事遅くなり申し訳ありません。

7,8年ぐらい前になりますが、家族あげて親しくさせていただいていた友人の往生に、偶然にも立ち会わせていただいたことがあります。その方はガンが再発し、再度の手術は拒否して、家で最期を迎えることを望みました。家族もその気持ちを尊重し、亡くなる前日まで普段通りの生活をしました。点滴等でベッドに縛り付けられることもなく、亡くなる前日まで、孫やペットと戯れていました。最期の日も午前中までは会話をし、意識が薄れてからは静かな呼吸が続いていました。そんなところに私たち夫婦も行き会わせ、最期の時を一緒させていただいたのです。その間の、なんと厳粛なことだったでしょうか。息の絶えたお姿もまた、寂かに輝いて見えました。「人間の自我意識は死を恐れ嫌だと逃げ回るけど、“いのち”にとっては死は自然なことであり、尊いことなんだ」、- そんなことを思いました。それからは、ご門徒さんの死を寂かに見守らせてもらえるようになりました。

妻はお母さんの往生を、「お母さんが私の中にスーと入ってきて下さった。これからお母さんと一緒に生きていきます」と受け止めていました。ほんとうに明るい涙でした。

これもみな南無阿弥陀仏からお育ていただいた心だと思っています。

  知道拝
 
 

御礼

 投稿者:清原えつ子メール  投稿日:2010年 2月17日(水)17時47分2秒
返信・引用
  昨日は善了寺様での学習会、ありがとうございました。

私も昨年10月に母(実母)を亡くしました。体調をこわして入院してから2年ほど、毎日義姉と交替で通いました。
兄と二人で午前3時の臨終に立ち会いました。認知症もあったので、何の意思表示もないまま静かに息を引きとりました。田舎の寺の坊守として82年と11か月の生涯でした。

うまく言葉にできませんが、母の一生について、私たちにかけられていた願いについて、ゆっくり考えていきたいと思っています。

20日の渡辺先生のお話を楽しみにしています。
よろしく御指導お願いします。

中津祖宝蓮坊坊守 清原えつ子
 

ご往生

 投稿者:知道  投稿日:2010年 2月 9日(火)00時19分53秒
返信・引用
  2月7日、朝、坊守のお母さんが92歳の人生を終え往生しました。一生涯、子供のため、喜んでくださる人々のため、さらには神仏のためにと、やすむことなく働き続けてこられたお母さんでした。それもボランティアの仕事もできなくなり、夫婦だけでの生活も限界になった頃から、生きる意欲をなくしていったようでした。ここ数年はかつての快活なお母さんは影を潜めて、老苦、病苦にただ耐える日々だったようです。
坊守たち4人兄弟は(といっても、そのほとんどは上の3人の兄姉だが)、オーバーに聞こえるかもしれませんが本当に身を粉にして、お父さんお母さんを大切にしてこられました。親にしていただいた子育てのご恩返しをするかのように、心身の衰えとともに幼子に帰っていくご両親のお世話を、面倒がらず迷惑がらずされたのでした。お母さんも、最後は子供らに抱き取られながら、仏さまのお迎えを待ちに待ち、ついに寂かな眠りに入っていったのでした。今お母さんは仏さまの国で、大いなる「空」となって、子供たちの目覚めを念じておられることと思います。

葬儀が12日になったので、坊守は出発を見合わせていたところ、夜、お同行の方々がたくさんやって来て一緒にお通夜をしてくれました。坊守はお母さんの思い出を語った後、暁烏先生の歌に寄せて、こんな歌をうたってくれました。

 十億の人に十億の母あらんも「我が母」と呼ぶ母はただ一人なり

南無阿弥陀仏  知道拝


 *暁烏先生の歌
   「十億の人に十億の母あらんも我が母にまさる母ありなんや」
 

百日聴聞会慶讃歌

 投稿者:知道  投稿日:2010年 2月 6日(土)23時41分2秒
返信・引用
   2月6日の百日聴聞会は、ご出講をお願いしていた中本昌年先生が体調不良で来寺できなくなり、急きょ私が勤めさせていただきました。先生の病状はしばらくの安静ですむとのことで、ひと安心しております。体調が整ったらご出講いただけるとのことで、その日を皆様と共にお待ちしたいと思います。

 話は変わりますが、昨年、大谷専修学院の大先輩にあたる加藤道子さんに、信国先生の墓参りをかねて百日聴聞会へご出講くださるようお願いしたところ、眼もほとんど見えず体力的にも新潟から九州はもう無理だと、残念ながら断わられたことがあります。その加藤道子さんから、思いがけぬことに、ご主人の加藤祐晃先生の筆による「勝福寺 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け 百日聴聞会慶讃歌」が送られてきたのです。その歌を、今日の聴聞会の冒頭で披露させていただきました。いつか、その歌もホームページに披露しようと思います。楽しみにしておいてください。
 

報恩講から百日聴聞へ

 投稿者:知道  投稿日:2010年 1月30日(土)23時16分20秒
返信・引用
   1月22日から24日までの報恩講は、御遠忌に向けての百日聴聞会の願いや高橋法信先生の生きることへの熱き思いやらで、賑やかに勤まることができました。僧伽は仏法の証明でもあるんですね。報恩講が終わって、新しく御遠忌に向けての一歩を踏み出していこうと思います。
 坊守が、犬の散歩の折りに、あるいは、出雲路選集の編集会議への行き帰りに浮かぶままに作ってきたという「念仏いろは歌」が完成し、参詣者にお配りさせてもらいました。
 皆さんも、よろしければプリントアウトして読んでみてください。

 2月から1ヶ月かけて、ご門徒の在家報恩講参りです。報恩講にかけられてきた願いを伝えることのできぬまま、お寺からの押しつけみたいにして勤めています。少しでも押しつけを超えれるよう、腰を据えてお参りするよう心がけていこうと思っているところです。

 今日は、寺田正知師のご法話でした。仏法が頷かれるまで、全身で反逆し葛藤し、いよいよ仏法から最も遠い自分であったことを知らされた、というようなご法話だったと思います。みずみずしくお聞かせいただきました。

 先日の太田信昭氏の如是我聞をUPしました。次週は、中本昌年先生です。講題は清沢満之先生の「信ずるは力なり」です。皆さんの参詣をお待ちしております。
 

Re: 感動と悦び

 投稿者:知道  投稿日:2010年 1月 4日(月)22時33分52秒
返信・引用
  > No.2[元記事へ]

 原さん、歳があらたまり、新しい一歩を踏み出したところです。

 百日聴聞の歩みを怠りなく進めてまいりますので、引き続きご参加ください。足の悪い原さんが別府から電車に乗ってこられるその姿が、僧伽を荘厳してくださいます。

 有り難うございます。 南無阿弥陀仏  知道拝

http://shoufukuji.chu.jp/index.htm

 

感動と悦び

 投稿者:原寛孝メール  投稿日:2010年 1月 1日(金)20時51分20秒
返信・引用
   響流十方が、このように発展して、感動しました。勝福寺ご住職のひた向きな、ご懇念を
嬉しく思います。
 どうぞ、ご尊体お大切に、ひとすじの道をお歩きください。

      21年1月1日(金)

                             愚昧庵  原寛孝
                              hara1172@ctb.ne.jp
 

はじめまして

 投稿者:知道  投稿日:2009年12月17日(木)14時51分55秒
返信・引用
  10月にホームページを公開して一月半ほどたちました。
訪問してくださっております皆様、有り難うございます。

よろしければ、ご意見やご感想など、お聞かせいただけないでしょうか。
そんな思いで掲示板を作りました。

また、お寺の行事や皆様からのお知らせなど、情報交換につかえたら、とも思っています。

ペンネームでも結構です。投稿をお待ちしております。
 

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